2022年9月

巻頭言

 まだまだ暑い日々が続きますが、いよいよ二学期が始まりました。お子さん達の元気な姿を拝見することができて、とても嬉しいです。お子さん方は少しの間会わないうちに、身体が一回り大きくなったり身長が伸びてびっくりさせられます。この時期は身体も成長しますが、心が大きく成長しますので、これからの保育がとても楽しみです。

 二学期は過ごしやすい気候の上、行事が多くてとても充実した学期です。運動会の練習も始まります。今年は一緒にできると良いなぁと考えて、それを前提に計画しています。コロナが一日も早く下火になれば良いですね。

 先日、あるSNSで興味深い質問が出ていました。質問は以下の文です。「5歳の子供があなたにいます。もし自分が10年後に死ぬことが確定していたら、子供にお金以外で何を残してあげることが一番必要、あるいは大切だと思いますか?」これは極端な質問ですが、回答に胸を打つものが多く、感動いたしました。

 できるだけ子供と一緒にいて、楽しい思い出を沢山残したい。貴方を愛しているというメッセージを子供に伝えたい。自分が今までの人生で掴んできた事をできる限り伝えたい。15歳以降の誕生日に毎年読めるように手紙を書く等、子供への思いが溢れていて、目頭が熱くなってしまいました。

 私は思い出しますが、子供が生まれる時には、健康に生まれさえしてくれればそれで良いと願ったものでした。それが成長するにつれ、あれもこれもと要求が大きくなって行き、無用のプレッシャーを子供に与えたり、宿題を忘れるとか成績が悪いとか、挙句の果てには、仲々背が伸びないと無理やりカルシウム牛乳を飲ませたりして、今から思うと随分ひどい事をしていました。今から質問の状態になったら?私は優しいお父さんになって、子供達と沢山の思い出を作りたいです。一緒に沢山お散歩をして、たとえ未熟でも、人生で掴んだ智慧を伝えようと願います。皆さんはお子さんのお父さんお母さんとして、尊いひと時をぜひ大切になさって下さいね。

 

◯江戸〜明治初期の社会は子供の天国だったようです。その様子を書き残している方々がいますので、記してみます。とても興味深いですよ。

「江戸の街頭や店内で、はだかのキューピットが、これまたはだかに近い頑丈そうな父親の腕に抱かれているのを見かけるが、これはごくありふれた光景である。父親はこの小さな荷物を抱いて見るからになれた手つきでやさしく器用にあやしながら、あちこちを歩き回る。ここは捨て子の養育院は必要でないように思われる。」

イギリス公使 オールコック 安政6年(1859年)来日

「私は日本が子供の天国であることをくりかえさざるを得ない。世界中で日本ほど、子供が親切に取り扱われ、そして子供のために深い注意が払われる国はない。ニコニコしているところから判断していると、子供たちは朝から晩まで幸福であるらしい」

エドワード・S・モース 考古学者 明治10年(1877年)来日

「私はこれほど自分の子どもに喜びをおぼえる人々を見たことがない。子どもを抱いたり背負ったり、歩くときは手を取り、子どもの遊戯を見つめたりそれに加わったり、絶えず新しい玩具をくれてやり、野遊びや祭りに連れて行き、子どもがいないとしんから満足することがない。他人の子どもにもそれなりの注意と愛情を注ぐ。

 父も母も自分の子どもに誇りを持っている。毎朝6時頃、12人か14人の男たちが低い塀に腰を下ろして、それぞれ自分の腕に2歳にもならぬ子どもを抱いて、可愛がったり、一緒に遊んだり、自分の子どもの体格と知恵を見せびらかしているのを見ていると大変面白い。その様子から判断すると、この朝の集まりでは、子どもが主な話題となっているらしい」

イザベラ・バード 女性旅行家、紀行作家 明治11年(1878年)来日

「街はほぼ完全に子供たちのものだ」

英国人ジャーナリスト エドウィン・アーノルド